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    殉職したジャーナリスト追悼の日を迎えるロシア

    殉職したジャーナリスト追悼の日を迎えるロシア

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    殉職したジャーナリスト追悼の日は、1991年にロシア・ジャーナリスト同盟の決定によって制定された。

    ジャーナリスト保護委員会によると、世界では2016年、15人のジャーナリストが殉職した。今年ジャーナリストたちにとって最も危険な国となったのは、シリア、メキシコ、イラク、インドだ。またソマリア、トルコ、ブラジル、ウクライナでもジャーナリストたちが命を落とした。

    ロシアのジャーナリスト界にとって最大の悲劇となったのは、2014年。ウクライナ南部・東部で職務を遂行していたロシア人ジャーナリストたちが死亡した。不慮の死を遂げたのは、「ロシア・セヴォードニャ」の特別フォトジャーナリスト、アンドレイ・ステニン氏、「第1チャンネル」のカメラマン、アナトーリー・クリャン氏、テレビ局「ロシア」の特派員、イーゴリ・コルネリュク氏とレコーディング・エンジニアのアントン・ヴォロシン氏。4人には死後、勇敢勲章が授与された。

    アンドレイ・ステニン氏は、2008年から写真を撮り始めた。フリーランスのカメラマンとして「リア・ノーヴォスチ」、「コメルサント」、「ロイター」、「AP通信」、「AFP通信」などに写真を提供し、その後、MIA「ロシア・セヴォードニャ」の特別フォトジャーナリストとして活動した。ステニン氏は、事故や騒乱、軍事紛争、裁判などに特化したカメラマンで、メディア分野の複数の賞を受賞している。

    2014年8月5日、ウクライナ南部・東部で仕事をしていたステニン氏と連絡が取れなくなった。世界中でステニン氏を支持する行動が行われた。メディアの自由に関するOSCEの代表者、国際ジャーナリスト連盟(IFJ)、国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」(RSF)なども注目した。

    そして2014年9月3日、ステニン氏が8月6日にドネツクで死亡したことが分かった。編集部から依頼された任務のため移動するステニン氏の乗った自動車が銃撃され、道路で炎上した。

    2014年12月22日、MIA「ロシア・セヴォードニャ」の建物にアンドレイ・ステニン氏への敬意を表してメモリアルプレートが設置された。

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