02:52 2018年10月22日
ヒューマノイドロボット発展の歴史

ヒューマノイドロボット発展の歴史

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ロボットは我々の生活の一部となった。その外観はさらに人間に近づき、その可能性は拡大し続けている。「ロボット」という言葉がはじめて使われたのは、約1世紀前の1920年に発表されたチェコの作家カレル・チャペックによる戯曲『R.U.R.(ロッサム万能ロボット会社)』だった。

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最初のアンドロイドは鋼鉄製で、重さ100キロ以上の巨大なものだった。1928年に一度に3体の人型ロボットが開発された。米国で留守電話の原理で動く人間に似た形をしたロボット「テレボックス」が作られた。日本では、電気駆動装置によって手足を動かせるロボット「学天則」が開発された。英国では、頭と手を動かし、座ったり立つことのできるロボット「エリック」が作られた。

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「テレボックス」

そして「テレボックス」、「学天則」、「エリック」に続き様々な国で大きな「鉄製の人間」にさらにたくさんの機能を持たせるための作業が行われた。1937年、米オハイオ州で電気駆動装置によって歩行したり会話をするなどの26種類の様々な動きをすることのできる大型ロボット「エレクトロ」が作られた。「エレクトロ」の語彙数は700語で、複数のレコードプレーヤーに収められた。エレクトロは足裏のゴム製ローラーのお陰で歩行することができた。1940年にはエレクトロのために友達の犬「スパルコ」が開発された。「スパルコ」は音声による指示に従って吠えたり座ったり、また人間に甘えることができた。

「エレクトロ」
© 写真 : Public domain
「エレクトロ」

20世紀前半のロボット分野におけるすべての開発はおそらく娯楽的性格を有していた。人型ロボット「テレボックス」あるいは「エレクトロ」と「スパルコ」はとても愛らしかったが、利益も実質的なメリットももたらすことはできなかった。ロボット工学界が産業用ロボットの製造に焦点を当てたのは20世紀後半になってからのことだ。これらのロボットは放射性物質を取り扱う作業を行ったり、重い荷物を運んだり、またその他の人間にとって困難な作業で使用された。

1970年代、日本で世界初の本格的人間形知能ロボット「WABOT-1( ワボット・ワン)」が開発された。「WABOT-1」は、歩行したり、コミュニケーションをとったり、物を持ち上げることができた。なお電源ケーブルの長さによって、動きの自由は制限されていた。人間には自由に動けるロボットが必要だった。1986年、アンドロイド「Asimo(アシモ)」が開発された。「Asimo」は自由に歩くことができ、ドアを開けたり、人間とコミュニケーションをとったり、家事を行うことができた。なお当時は1歩を踏み出すのに5秒かかった。「Asimo」を人間そっくりだとは言い難かった。当時の「Asimo」は事実上、脚のみで構成されていた。

当時の「Asimo」は事実上、脚のみで構成されていた。
当時の「Asimo」は事実上、脚のみで構成されていた。

2000年代初め、スマートで多機能なアンドロイドが次々と登場し始めた。そのうちのいくつかは非常に面白いものだった。例えば、2005年に英国のエンジニアらは俳優ロボット「RoboThespian(ロボ・セスピアン)」を開発した。2011年には「Robonaut-2」がヒューマノイドロボットとして初めてNASAによって国際宇宙ステーション(ISS)へ打ち上げられた。また2014年には女性型ロボット「地平アイこ(ChihiraAico)」が、東京の百貨店の受付嬢として登場した。

2011年には「Robonaut-2」がヒューマノイドロボットとして初めてNASAによって国際宇宙ステーション(ISS)へ打ち上げられた。
2011年には「Robonaut-2」がヒューマノイドロボットとして初めてNASAによって国際宇宙ステーション(ISS)へ打ち上げられた。

 

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