23:27 2021年05月12日
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ジョー・バイデン米大統領はオスマン帝国時代のトルコでアルメニア人が虐殺された事件を「ジェノサイド」として公式に認定する方向で調整を進めている。米ウォールストリートジャーナル紙が政府の消息筋による証言をもとに報じた。

ドナルド・トランプ前大統領はトルコとの関係悪化を危惧し、アルメニア人虐殺の認定を拒否していた。一方、米下院外交委員会は3月、「アルメニア人虐殺」をジェノサイド(集団殺害)として認定することを提案した。バイデン氏は2020年の段階でアルメニア人の虐殺を「ジェノサイド」とみなし、大統領の立場からこれを公式認定する必要性を指摘していた。

WSJの消息筋によると、バイデン氏はオスマン帝国のトルコで1915年にアルメニア人が強制移住させられ、殺害された事件をジェノサイドとして認定する方針だという。

トランプ前大統領はこの事件について、アルメニア語の表現「メツ・エゲルンMedz Yeghern」(偉大なる悪行)を使用したが、「ジェノサイド」と呼ぶことはしなかった。

連邦議会はこれまでもオスマン帝国によるアルメニア人の虐殺をジェノサイドとして認定するよう要求していたが、歴代の政権はトルコとの関係悪化を危惧し、これを拒否していた。

アルメニア人虐殺

19世紀末から20世紀初頭にかけてオスマン帝国はアルメニア人を迫害していた。1915年に迫害は頂点に達し、この年だけで150万人以上が殺戮された。

アルメニアはこの事実をジェノサイドと呼んでいる。アルメニア人は4月24日をジェノサイドの日と定め、慰霊祭を行ってきた。およそ100年前のこの日、イスタンブールに住んでいたアルメニア人の知識人らが捕らえられ、殺害された。その数は800人以上に上ったとされている。

オスマン帝国でアルメニア人のジェノサイドがあったことは世界で23の国家に加え、欧州議会、世界教会協議会が認めている。ロシア連邦議会は1995年、「アルメニア国民が1915年から1922年にかけてその歴史的故郷、西アルメニアでジェノサイドを受けたことに対する非難」決議を採択した。

一方、トルコは長年にわたってこうした非難を退けている。1915年当時、アルメニア人だけでなく、トルコ人も事件の犠牲となったとトルコ側は主張し、ジェノサイドという用語を使用することに抗議し続けている。また、トルコ政府は歴史家らの国際委員会を組織してアーカイブ資料の調査を行い、第一次世界大戦期に起こった事件に対して客観的なアプローチを考案することを提案している。

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アルメニア, ジョー・バイデン, トルコ, 米国
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