日建設計、サンクトペテルブルクで展覧会 公共交通中心のまちづくりをロシアに紹介

ロシアの芸術の都サンクトペテルブルクの「建築家の家」で、日本を代表する建築設計事務所・日建設計の展覧会「TOD・駅と都市の統合開発」が開催中だ。日建設計は、世界中で、公共交通機関に基盤を置いた利便性の高いまちづくりを進めている。展覧会は、ロシアを含む、世界中のプロジェクトを紹介するものだ。

ロシアはまだまだ車中心の社会。大都市は例外なく、ひどい渋滞に悩まされている。公共交通の利用を前提にした、快適なまちづくりへの転換が求められている。

筆者:徳山あすか
写真:Elena Blednykh
日本の「当たり前」TODが、ロシアで注目される理由
TODとは、「Transit Oriented Development」の略。公共交通機関を中心にして、駅や住宅、商業施設等が一体となった都市開発の手法である。日本は長年、鉄道建設を軸に都市を発展させてきたので、私たち日本人にとっては当たり前かもしれないが、世界の他都市では画期的なことなのだ。他えば東京では駅とデパート、オフィスビルが地下でつながり、雨の日でも路上へ出ずに仕事へ行ったり、買い物ができる。ロシアでは、鉄道網が発達した首都モスクワであっても、そのような駅はまだ数えるほどしかない。かつて、駅は治安が悪い場所で、公共交通は所得の低い人が使うものというイメージがあったことも、一因だろう。

ところがここ数年で状況は一変、TODという言葉を頻繁に耳にするようになった。TODの考え方を生かして作られた公共空間は、とても便利だということに人々が気付きはじめたのである。これを追い風に、日建設計はロシアにおいて様々なコンペを勝ち抜き、巨大プロジェクトを手がけている。ロシアの最大手銀行ズベルバンクのオフィスビルや、モスクワ・リージスキー駅におけるロシア鉄道本社、ウラジオストクのマスタープランなどだ。昨春には石油会社「ガスプロムネフチ」が実施したサンクトペテルブルク・オフタ岬の開発国際コンペで優勝した。
TODの本、ロシア語で出版
展覧会開催にあわせ、「駅と都市の統合発展・TODの魅力の力」と題したロシア語の書籍が出版された。日建設計の都市開発、デザイン、プランニングにおける哲学がつまった一冊だ。
まばゆく輝く貴族の邸宅で開会式
13日、展覧会のオープニングイベントが行われた。会場となった建築家の家は、19世紀の貴族アレクサンドル・ポロフツォフの邸宅で、美しいインテリアが現在に至るまで保存されている。

日本側からは上月豊久駐ロシア大使、サンクトペテルブルク日本総領事の飯島泰雅氏が駆けつけ、サンクトペテルブルク市からは、ニコライ・リンチェンコ副市長、市の主席建築家ウラジーミル・グリゴリエフ氏をはじめ、著名な建築家や大手ディベロッパーの代表者など多くの専門家が集まった。有識者により、サンクトペテルブルクの未来の姿について討議・意見交換が行なわれた。
上月大使は「日建設計は、市民に対してオープンな公共空間のデザインを含めた、都市や企業の「顔」を創造する仕事をしている。このことを日本の大使として、誇りに思う」と述べ、ガスプロムネフチ、ズベルバンク、ロシア鉄道というロシアを代表する3つの企業が日建設計を選んだことは、日露協力の素晴らしい例だと話した。

リンチェンコ副市長は「日本の都市建設、発展の経験は、我が市にとって重要」と強調。サンクトペテルブルク市の都市計画の喫緊の課題は、人が多く集まる場所を分散化させることによって、通勤通学の集中を緩和させることだと述べた。主席建築家グリゴリエフ氏は、サンクトペテルブルク市民の利益になる、鉄道インフラを最大限に活用した市の新発展コンセプトを、近々市長に提出する予定だと明らかにした。
ロシアメディアの取材に応じる亀井会長
日建設計の亀井忠夫会長は、2006年以降、何度もロシアを訪問している。展覧会開催前、亀井氏はスプートニクの取材に応じ「日建設計がロシアで行なっているプロジェクト・ノウハウを、ロシアの方に知ってもらう良い機会。歴史ある魅力的な町、サンクトペテルブルクでイベントができるのは光栄です」と話してくれた。亀井氏はこの15年間、ロシアにおけるプロジェクトに自ら参加してきた。オープニングイベントではロシアメディアから飛ぶ多くの質問に、ひとつひとつ丁寧に対応した。マスコミの主な関心は、地元・ガスプロネフチのプロジェクトだ。


日本風まちづくり、ロシアで実現できる?
「日本型のTODプロジェクトをそのままロシアに輸出できるかというと、そう簡単ではありません。前提とする社会の条件が必ずしも日本とは一致しないからです。」
日建設計・田中亙執行役員(都市デザイン担当)
田中氏が指摘するとおり、ロシアにはTODが自然と発展できるような土壌がない。これまでは駅やデパート、公共空間がバラバラに計画・建設され、関係者の利害が衝突し、誰もトータルでの利便性について考えてこなかった。なまじ潤沢な土地・空間があるだけに、スペースがぽっかり空いても、そこを有効利用する必然性もなかった。しかし、地元の建築家は気付きはじめている。

ロシア連邦功労建築家のユーリー・ゼムツォフ氏は、日建設計が指摘した問題の数々を、「喜んで読んでいる」という。ゼムツォフ氏はこれまで、市の中心部に位置する「蜂起広場」駅の改善に取り組んできたが、対症療法には限界があり、この駅には根本的な再開発が不可欠だと考えるようになった。ゼムツォフ氏は討議の中で「蜂起広場駅は我が町の門として、TODの優れたところを全て取り入れて、再構築するに値する」と主張した。
サンクトペテルブルク・オフタ岬の「CRYSTAL VESSEL」開発予想図(日建設計提供)
展覧会で最も注目を集めた、ガスプロムネフチによるオフタ岬の「CRYSTAL VESSEL」は、サンクトペテルブルク市民がTODの利便性を体感できる巨大プロジェクトだ。CRYSTAL VESSELは高さ28mの2棟からなる複合施設と、ネヴァ川を見渡せる公園から構成されている。2つの建物をつなぐ屋外通路には、展望スペースが設けられ、町や川が一望できる。

日建設計のファディ・ジャブリ執行役員(中東・ロシア・インド担当)は、このプロジェクトには歴史と景観への細心の注意が払われていることを明かした。オフタ岬の遺跡を守るため、その上には何も建てず、遺跡をガラスで覆い、人々がその上を歩いて見学できるというアイデアを取り入れたのである。最新のデザインを取り入れながらも古いものを守る、という細かい心遣いがロシア人の心をつかんだのかもしれない。

日建設計は、モスクワにも常設のオフィスを開設。ロシアでのTODの浸透を通して、更なる飛躍を目指している。
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