【視点】支持率最低でも改憲にこだわる岸田首相は「本末転倒」 改憲論議をするのに足りない2つの前提条件とは?伊藤真氏インタビュー

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岸田文雄首相 - Sputnik 日本, 1920, 08.11.2023
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岸田文雄首相は2日、憲法改正に関して「国会発議に向け、より積極的な議論が行われることを期待」するとし、「議論を進めるための布陣を強化することで、覚悟を示したい」と述べた。首相の改憲意欲は、ここ最近目立っている。10月23日の所信表明演説では改憲を「先送りできない重要な課題」と位置づけたほか、10月26日発売の月刊誌「Hanada」や「WiLL」においても、任期中に改憲を実現すると強調している。しかし、今のタイミングで国民は本当にそれを望んでいるのだろうか。憲法改正をめぐる諸問題をどう捉えるべきか、弁護士で伊藤塾塾長、法学館憲法研究所所長でもある伊藤真(いとう・まこと)氏に話を聞いた。
伊藤氏は、40年以上法教育に携わりながら、弁護士活動や講演等を通し、日本国憲法の価値を伝えてきた。首相が積極的に改憲意欲をアピールしていることについて伊藤氏は「立憲主義国家における憲法とは、主権者たる国民が制定して、国会議員や首相などに守らせる命令書です。命令を受ける側の首相が改憲を積極的に持ち出すことは、そもそも本末転倒」と指摘する。

「憲法99条では、首相を含むすべての公務員に憲法尊重擁護義務が課されています。ただし、国会議員だけは国民の声を吸い上げて改憲発議をすることができますから(憲法96条)、その限りにおいてこの99条の義務が例外的に解除されていると解することができますが、首相の立場で、現行憲法を改正するという積極的な意欲を示したのであればこの憲法99条違反にあたります。

国会議員は国民が望んでいる改憲課題について、その声を吸い上げて、改憲発議をするのですが、ここでも問題があります。まず、国民が改憲を本当に望んでいるのかということです。国民は改憲などに800億円もの経費を使うよりも、30年以上にわたる低成長・低賃金やG7諸国の中でも一人当たりのGDPが最下位に落ち込んでしまったことに象徴される経済の低迷からの回復など、日々の暮らしを改善することを政治に求めているのであって、憲法改正の必要性を感じて、その発議を国会議員に求めているという現状はありません」

伊藤真氏
弁護士・伊藤塾塾長
昨年10月に実施し、今年1月に内閣府が発表した「国民生活に関する世論調査」によれば、「政府はどのようなことに力を入れるべきか」という質問に対し、トップ3(複数回答)は、医療・年金等の社会保障の整備(64.5%)、物価対策(64.4%)、景気対策(62.6%)だった。このうち、物価対策を求める人の割合は、前年度調査の32.9%に比べて急激な伸びを示していた。この調査後も食品や日用品の値上げが相次いでいるため、暮らし向きの改善を求める国民はさらに増えているだろう。
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そして、仮に経済問題を横に置いておいて、国民が憲法改正を望んだとしても、そのプロセスが公正だとは言えない二つの大きな問題がある。そのうちの一つが、いわゆる「一票の格差」がある中で選ばれた国会議員を国民の代表として認めて、改憲発議をさせてしまってよいのか、ということである。

「憲法改正は国会議員による発議によって国民投票が行われますが、その発議する国会議員は正当に選挙された国民の代表者でなければなりません(憲法前文、43条1項)。ところが、現在の国会議員は、衆議院議員も参議院議員も投票価値が是正されていない非人口比例選挙で選ばれた議員ですから、憲法が要求する正当に選挙された国民の代表とはいえません。このような人達には改憲の発議をする正統性がありません。そもそも現在の非人口比例選挙によって選出された議員には改憲発議をする資格がないのです」

そしてもう一つの問題は、国民投票を行うにあたり、恣意的な投票運動が繰り広げられるおそれがあることだ。情報をアンバランスにしか得られなければ、結果として有権者が冷静に判断できなくなってしまう可能性が大きい。

「現在の国民投票手続法においては、国民投票運動について適切な規制がなされていません。たとえば、投票運動の資金制限がありませんから、資金力によってテレビ・ラジオ、インターネットなどの広告をいかに大量に行えるかで差が生じてしまいます。企業、外国人も運動に参加できますから、外国の軍需産業であっても広告の資金を提供することは問題なく可能となります。テレビ・ラジオの勧誘広告の規制は投票日2週間以前は自由に行うことができます。タレントなどが自分の意見をいう広告は投票日当日まで可能です。さらにインターネット広告規制は一切ありませんから、ネットやSNSなどに大量の広告を流すことができます。これでは、国民が、対等で適正な情報に基づいて冷静に憲法改正の是非を判断することは困難です。こうした手続法を公正なものに整備してから初めて、改憲の中身の議論ができるのだと考えます。手続の適正さを無視した改憲論議は許されません」

そして、晴れて改憲論議に行き着いたとしても、どの条文がどう変わり、それが何を意味するのか、国民の一人ひとりが認識しなければ、賛成とも反対とも意見を述べようがない。今は、改憲という言葉だけが先走っており、伊藤氏は「国民の間に改憲の共通認識があるとは到底言えない」と指摘する。

「現在の憲法のどこが不都合で、なぜ改憲の必要があるのかを具体的に示して、その問題の解決には改憲しか方法がないのかをしっかりと検討する必要があります。具体的な改憲の必要もないのに800億円以上もかかるといわれる国民投票を行うことは無駄である以上に有害です。

自民党は憲法改正が結党の目的になっていましたから、特に必要性がなくても憲法改正をして自主憲法と呼べるものにしたいのだと思います。2012年には現行憲法とは全く逆の思想に基づいた憲法改正草案を発表し、国防軍の創設などを提唱していますが、未だに撤回せず維持しています。2018年には、安倍元首相が自衛隊明記、緊急事態条項の創設など4項目を掲げましたが、そのときも国民から改憲の必要性の声は全くあがりませんでした」

メディア各社は毎月内閣支持率の調査を行なっているが、10月の岸田内閣の支持率は、NHKが36%、日経新聞とテレビ東京が33%、ANNに至っては26.9%という数字が出ている。いずれも、岸田政権発足以来の最低水準だ。仮に、全ての条件が揃ったとしても、この低支持率で本当に改憲ができるのだろうかと疑問がわく。

「現実問題としては無理だと思います。改憲を強く望む国民が多数いるときには、その国民の支持を期待して改憲発議をすることがあるかもしれませんが、現状はそうではありません。仮に発議をして国民投票で否決されてしまったら、とてつもなく大きな政治的ダメージを受けることになりますから、自民党も相当慎重になるはずです。そのため現状では自民党内から具体的な条文案が出てくることはかなり難しいのではないでしょうか。首相の改憲に関する発言は、党内の改憲派の議員への配慮という意味が相当に強いと考えます」

伊藤氏は、憲法によって「拘束される」側の政治家が、自分たちの都合や保身のために改憲を主張することは許されないと話している。そして改憲案については、人口比例選挙の実現と憲法改正国民投票手続法の改正がなされて初めて、内容の議論ができる、と強調した。
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