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    初の米国大統領による広島訪問は反戦シンボルであり謝罪ではない

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    タチヤナ フロニ
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    ホワイトハウスはオバマ米大統領が今月末日本訪問に合わせ広島を訪問することを確認した。しかし、ホワイトハウスのジョシュ・アーネスト報道官は、日本側に対し、それはいかなる意味でも第二次世界大戦中における原爆投下への謝罪ではない、と但し書きをつけた。

    大統領の政敵が訪問を批判することが予想されるので、米大統領外交政策顧問は、第二次世界大戦末期の広島原爆の決定に対する評価を見直すつもりはない、と強調した。広島をケリー国務長官が訪問する前にも謝罪の問題は持ち上がったが、このときも公然と、謝罪はしないと釘を刺していた。だから、今もはやこのことは議論の対象ではない、とモスクワ国立国際関係大の日本専門家ドミトリー・ストレリツォフ教授。

    「米国では、日本の領土での戦闘が発生した場合に支払わなければならない100万近くの米兵の命という対価を救ったという意味で原爆投下は妥当であり正当化されうるものと考えられている。それは第二次世界大戦の早期終結をもたらした、と。日本は、その行為は正当性を持たない、野蛮な、無意味なものだと確信しており、原爆投下に純粋に否定的だ。しかし、謝罪をめぐる状況は、多少異なっている。米国は、謝罪は不適切だ、と考えている。それは原爆投下だけでなく、戦時における日本に対する米国の関与全体に対する正当化の基盤を弱める、という理由からだ。この考えはとりわけ明るい色で強調されている。」

    この野蛮な行為に対する米国と日本の立場はこのように異なっているわけだが、広島の松井市長をはじめ日本側は、原爆投下に対する謝罪を米国に強要することはない、とした。このような謙虚さは原爆投下に対する日本人の二重底の関係性に起因している、とストレリツォフ氏。

    「日本人は原爆投下に否定的な立場をとっているにもかかわらず、米国から道徳的な慰めを得ようとはしていない。このある種のパラドックスは、日本がまだ米国に対し、ある種の学生じみたコンプレックスを持っていることによる。原爆投下に対する非難は、戦後の繁栄に対する、また共産主義の脅威から守ってくれ、民主主義を導入してくれた米国人への感謝の気持ちと混合している。日本は20世紀のペストたる軍国主義の病から救出してくれたことへの感謝と非難を同居させている。したがって、私はきたるオバマ氏の広島訪問が何らかの大きな不祥事や政治的衝突を引き起こすことはないと思う。訪問は要するに、特に民間人の被害者を哀悼するものだ。被害者というのは、米国側に言わせれば、主に日本の軍国主義政策からの被害者である。米国大統領の広島訪問。それは反戦平和主義のステップとして象徴的価値を持つことになる。」

    というわけで、訪問の主な目的は、原爆投下の悔い改めではなく、核戦争を含む戦争というものへの非難だ。だからこそ広島市長は、オバマ氏が平和博物館を訪問し、献花し、被爆の生き証人と話をすることを望んだのだ。

    米国は1945年8月6日と9日、広島と長崎に原爆を落とした。その結果、13〜25万人が死亡。核兵器の軍事利用の唯一のケースだ。 4月、広島市長は、オバマ大統領が広島を訪問しても、謝罪を要求するつもりはないと述べた。各当事者とも、どちらがどれだけ悪いかを言い争ったり主張したりすることは忘れるべきだ、と市長は述べた。

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    バラク・オバマ, 日本, 米国
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