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    村上春樹氏

    村上文学のロシア語訳者が語る、「ノーベル賞を逃した? 村上氏はどこ吹く風だ」

    © AFP 2017/ John Macdougall
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    10月13日、ノーベル文学賞はなんと米国の歌手ボブ・ディラン氏に授与と発表された。ブックメーカーや専門家の大方の予想では今年は村上春樹氏の受賞がかたいとされていただけにこの発表は多くの人の意表をついた。村上氏の受賞が騒がれたのは今年が初めてではない。村上氏は、長年、何度もオスカー賞を取り逃がしたあのデカプリオ氏とまで比較されている。SNS上には村上ファンたちから「もう誰にあげてもいいけど、村上だけはだめって感じだよなぁ」などという声まで書き込まれ始めた。

    この事態を受けてスプートニクは功労作家で東洋学者のドミトリー・コヴァレニン氏にマイクを向けた。コヴァレニン氏は何よりもまず村上春樹氏の作品のロシア語翻訳者として有名であり、村上氏の人生と創造を研究した一冊『スシ・ノワール、ムラカミを食す醍醐味』も著している。コヴァレニン氏はノーベル文学賞についての独自の見解やロシアの村上作品への関心の高さ、そして村上氏との交流について語ってくれた。

    2006年、村上春樹氏には文学界では非常に権威の高いフランツ・カフカ賞が授与された。この賞は「現代の世界文学における最も偉大な作家の一人であるカフカの作品のように、自らの出自や国民性、属する文化といったものにとらわれない読み手たちに向けて書こうとする現代作家の、芸術的に特に優れた文学作品を評価すること」を指針として受賞者の選定が行なわれる。となるとノーベル賞はアルフレッド・ノーベルの遺言に従えば理論上は「理想となる方向性に最も意味のある文学作品」を生み出した人物に贈られるものでなければならない以上、同様の基準を満たすもののはずだ。

    ドミトリー・コヴァレニン氏
    ドミトリー・コヴァレニン氏

    村上作品の中でどれがノーベル文学賞にふさわしいかという問いにコヴァレニン氏は「いずれの作品にも(初期の作品には殊更)惹きつけられるが彼の文学が最も頂点に達したのは『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』だと思う。あの本の中でムラカミが読者の脳みそに働きかけていることは世界文学では類がない。翻訳者としての私の経験でもあれに勝る難解さはなかった。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』はノーベル賞に値するだろう。まぁ、ボブもまた良いけれどね」と語っている。

    ロシアで村上春樹氏はまさにカルト的人気を誇る作家であり、ますます記録的人気を誇っているのに対し、日本では万人が村上氏の作品を諸手を挙げて評価しているわけではないというコントラストは注目に値する。日本では多くの人が村上氏を西側世界の作家とみなしており、中には変人扱いする人もいるくらいだ。これはすべて村上氏の作り出す世界は現実の日本からはあまりにもかけ離れていると考えられているためだ。村上小説の主人公らはジーンズをはき、外国産のビールを片手にヨーロッパの料理を食しジャズを聴くことを好む。だがこれは驚くには値しない。村上氏はもう長い間外国暮らしで日本の社会現象の多くに批判的な見方を示しているからだ。

    このほかスプートニクが読者に行なった世論調査ではノーベル賞の受賞結果をどう思うかという問いに多くの人が結果は妥当と判断していることがわかった。

    ​それにしてもなぜスウェーデンでは未だに村上氏は評価されないのだろうか? その主な理由についてのコヴァレニン氏の見解はかなり意外なものだった。それはスウェーデンではスウェーデン語による村上訳はなく、彼の地の読者はこれを英訳で読まざるを得ないからというものだった。

    「彼らは村上をちゃんと訳していない。だから皮膚感覚がない。村上は非常に音楽的作家だ。彼を読むのは自国語でなければならない。それに彼の『風の歌』をうまく訳せる翻訳者はそう多くはいない。(村上氏の作品にある『風の歌を聴け』から)…私は1年間ストックホルムに暮らした経験があり、彼らの文学賞選考プロセスを見つめてきた。スウェーデン人は非常に保守的で政治的に偏った民族だ。これに肩を並べようとする必要はない。ノーベル文学賞はブラッドベリもストルガツキー兄弟ももらわなかっただろう。何をか言わんがだ。」

    ところで未だにノーベル賞をもらっていないという事態を当の村上氏はどう思っているのだろうか? 「ああ、彼はどこ吹く風かだ。世界で38の言語で翻訳されているということ。これが正真正銘の賞でなくて何なんだ?」コヴァレニン氏は微笑んだ。

    10月、ロシアでは村上氏の『女のいない男たち』が出版される。ロシアの村上氏の人気度は今までと変わらず残り続けるのだろうか? 「関心? それは当然残るだろう。先日、イジェフスクのプラネタリウムで村上氏についての講演を行なったんだが、まぁ、30人集まれば御の字だと思っていた。ところが180人も集まるわ、講演終了後も1時間半も私を離してはくれなかったわ。しかもこれはロシアの地方都市の話だよ。」

    コヴァレニン氏は村上氏とは面識がある。村上氏自身言っていることだが、ものすごくシャイだ。彼はオフィスでは3人の女性に囲まれ、数え切れない数の猫がいて、コヴァレニン氏の話ではものすごく居心地のいい空間だという。

    「2回会っている。1度目は日本大使館がインタビューをとらせるために私を派遣した。2002年のことだ。そのとき私が『ご自分のジャンルをどう名づけますか?』と質問すると、村上氏は『私はですね、ジョークでこれを『スシ・ノワール』と呼んでいるんです。『フィルム・ノワール』(犯罪映画)になぞらえてね』って答えていた。2度目の訪問は1度目のインタビューの延長線で、私は『旅好きであれほど知られたあなたがなぜロシアにはいらっしゃろうとしないんです?』と尋ねた。それでサハリン出身の自分としてはまずサハリンを訪れるよう勧めると、その1年後、2003年に我々はそこで1週間を一緒に過ごしたんだ。」

    2003年7月、54歳の村上氏がサハリンでコヴァレニン氏と1週間を過ごすと、ロシアの村上ファンたちはこれをとても喜んだ。

    ひょっとすると村上氏ご本人はノーベル賞をもらえるかどうかなどどうでもいいことなのかもしれない。だがロシアにいる多くの村上ファンたちは来年、村上氏がノミネートされたら、なんとか受賞してほしいと気を揉むことは間違いないだろう。

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