【人物】ロシアのラーメンブーム仕掛け人 鬼島一彦さん 現代の高田屋嘉兵衛はいかにしてサンクトペテルブルクを日本酒の首都にしたのか?

© 写真 : 鬼島氏の提供ロシアの日本料理大使で実業家の木島一彦氏
ロシアの日本料理大使で実業家の木島一彦氏 - Sputnik 日本, 1920, 19.08.2023
サイン
鬼島一彦さん(41)。サンクトペテルブルク在住のこの人物はロシアにおける日本料理の大使であり、起業家であり、日本酒バー「Takadaya」の創業者でもある。鬼島さんは数日間のモスクワ訪問で3軒の日本食レストランを回り、日本酒の文化を紹介し、母国の美食にまつわる古き伝統について語った。鬼島さんは10年ほど前からロシアで日本食の普及に携わってきた。まず、製麺を開始し、祖母の作るラーメンのレシピにそって料理人の育成を始めた。スプートニク特派員は、日本から遠く離れた地で日本酒を作ることは可能なのか、また19世紀の商人高田屋嘉兵衛の物語が鬼島氏にどのようなインスピレーションを与えたのかを探った。

医療と料理 ロシアの現実に対する日本流アプローチ

鬼島一彦さんは山形県生まれ。御実家は半世紀の歴史を刻むラーメン屋だ。子どもの頃は叔父や祖母のラーメン屋をよく手伝ったため、幼い頃から料理が得意だった。
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鬼島一彦氏 - Sputnik 日本
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鬼島一彦氏
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ロシアの日本料理大使で実業家の木島一彦氏
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© 写真 : 鬼島氏の提供日本酒のプレゼンテーションを行ったのはロシアの日本料理大使で実業家の木島一彦氏
日本酒のプレゼンテーションを行ったのはロシアの日本料理大使で実業家の木島一彦氏 - Sputnik 日本
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日本酒のプレゼンテーションを行ったのはロシアの日本料理大使で実業家の木島一彦氏
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日本酒のプレゼンテーションを行ったのはロシアの日本料理大使で実業家の木島一彦氏
鬼島さんは医療を学んだが、飲食店経営という家業の伝統を捨てることはなく、それどころか、この2つの方向性を組み合わせることに成功した。鬼島さんは友人の招待で2013年にロシアを訪れた時、ここでなら自分の知識と家業の目標を実現できると悟ったという。

「私はロシアに来て、ここでなら医療だけでなく美食の面でもいろんなことが提供できると思ったんです。そこで最初の会社、『MTC Japan』を設立しました。これは医療、輸出入業、経営コンサルタントの3つの分野で事業を展開する会社です。その中でロシア医学アカデミーの栄養研究所とともに、ロシアの病院食の開発に取り組みました。私の考案したメニューは和食から食を考えることを基本にしていて、出汁の旨味を使うことで塩分を減らし、美味しいだけでなく健康的な料理に仕立てするというものです。病院食の問題点はおいしくないということでしょう。でも、美味しいことは大事ですよ。これで患者さんは気分がよくなって、病気を治すことができるんですから」

家伝のレシピとラーメンブーム

2014年、鬼島さんに数人の日本人投資家が声をかけてきた。ロシア初の本格的なラーメン店「ヤルメン」をサンクトペテルブルクにオープンする。手伝ってほしいと。ところが、プロジェクトが始まるとすぐにロシアに経済制裁が課され、日本からの輸入品が一気に高騰してしまった。
「日本から小麦の麺とタレを輸入するのが難しく、すごく高くなって、ラーメン店は倒産寸前まで追い込まれました。そこで私は家族に頼み込んで、ロシア人の料理人に我が家のレシピを教える許可をもらいました。地元の食材を使って祖母のレシピ通りに作り始めたんです。輸入品に頼らなくてもいいように。それは正しい判断でした。ラーメンはおいしくなり、コストは下がった。そしてラーメンビジネスはまた成長し始めたんです。その時、私は気づいたんです。これはロシアの消費者にラーメンを広めなきゃならないぞ。ラーメンは絶対にロシア人の心を鷲摑みにするはずだって」
鬼島さんがモスクワの居酒屋バー[KU:]と協力するようになってから、ロシアではラーメンの人気が高まった。鬼島さんは開店のためのコンサルティングを行い、メニューを開発し、家伝のレシピを伝えた。
「ロシアのラーメンブームに火が付いたのは、きっかけはまさに[KU:]でした。ラーメンが人気になりだしたので、よし、インフラ作りをやろう思ったわけです。ラーメンのおいしさの決め手は麺。おいしい麺イコールおいしいラーメンですよ! そこで私が日本の中古の製麺機を見つけてきて、買って、それからサンクトペテルブルクでみんなと日本のような麺作りを始めました。だんだんと麺を販売しはじめて、料理人にラーメンのレシピを教えるようになりました。パンデミックとか、今の制裁とかありますけど、そんなものと関係なく生産は増える一方ですよ。今では、うちの会社『Fukuoni』はロシア中の約300店の日本食レストランに麺を供給しています」

ロシアでの日本酒製造は高田屋の使命の継続

鬼島さんはロシアでビジネスをするにあたり、ロシアと日本の間で交流し、当時まだ確立していなかった日露関係を戦争寸前まで追い込んだ事件、その平和的解決に貢献した高田屋嘉兵衛という人物に大いに触発されたという。

「高田屋嘉平は本当にたくさんの努力をして日露関係に大きな貢献を成した人です。両国の架け橋となった。だから、彼は私にとっては大きなお手本で、その事業を続けていきたいと思っています。また、高田屋は日本酒を商っていましたので、私は彼に敬意を表して日本酒バーを『Takadaya』と名付けました。彼と同じように、私も日本酒を普及させたいのですが、今は輸入品のため1本あたりの価格が3000ルーブルと非常に高いんです。もし私がロシアで日本酒を作れば、もっとたくさんの人に飲まれるようになって、たくさんの人が日本酒に触れ、日本酒の文化を知り、日本酒を愛するようになるじゃないですか。これが今の私の最大の目標、そして夢なんです。1年半後には実現させるつもりです」

© Sputnik / ウリアナ・ロバノワ鬼島一彦氏がプレゼンした日本酒の数々
鬼島一彦氏がプレゼンした日本酒の数々 - Sputnik 日本
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鬼島一彦氏がプレゼンした日本酒の数々
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日本酒のプレゼンテーション

日本酒のプレゼンテーション - Sputnik 日本
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日本酒のプレゼンテーション

© Sputnik / ウリヤナ ロバノワモスクワの日本料理レストラン「Tottori」
モスクワの日本料理レストラン「Tottori」 - Sputnik 日本
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モスクワの日本料理レストラン「Tottori」
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モスクワの日本料理レストラン「Tottori」 - Sputnik 日本
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モスクワの日本料理レストラン「Tottori」
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鬼島一彦氏がプレゼンした日本酒の数々
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日本酒のプレゼンテーション

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モスクワの日本料理レストラン「Tottori」
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モスクワの日本料理レストラン「Tottori」
酒造りはロシア産の米を使ってもできる。味は若干異なるが、その代わりに価格は手頃になるはずだ。鬼島さんは、クラスノダールで栽培された米からベースとなる日本酒を製造し、中流の酒は、特別に精米された米を日本から輸入して作ることを計画している。

なぜロシアなのか

鬼島さんはロシアに開店した日本料理店の多くでブランドシェフを務めている。上月豊久駐ロシア日本大使の推薦で、レストラングループ「ホワイトラビット」に選ばれ、モスクワに近々オープンする日本料理店の開店までの準備に協力することになった。鬼島さんはロシアのレストラン業界の市場に進出して久しいが、顧客の多くから未だになんども聞かれる問いがあるという。それは鬼島さんが選んだ地が「なぜロシアなのか」ということだ。
「すごくたくさんの人から日本に帰らないのかと聞かれるんですけど、私にとって大切なことは、どんな場所にいても自分の存在が社会にとって役に立つということなんです。今ロシアにいることは、日本や他の国にいるよりもずっと役に立つと思うんです。ここではいろんなことができるし、たくさんのアイデアを実行して、みんなにポジティブな気持ちや利益をさしあげれるでしょう。今、日本人の多くが帰国されてしまい、ロシアには日本人がほとんど残っていません。私はここに残り、ロシアと日本の『架け橋の再建』に携わっている数少ない一人です。だって、私たちはお隣りどうしじゃないですか。良い関係は保たないと。これは高田屋嘉兵衛もやっていたことですね」
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