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    セルゲイ・クドリャコフのチャイコフスキー交響曲第5番

    セルゲイ・クドリャコフのチャイコフスキー交響曲第5番

    © 写真: Mikio Shuto
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    ロシアにセルゲイ・クドリャコフというピアニストがいる。モスクワで生まれ、モスクワで育ち、モスクワで学び、モスクワで暮らしている。生粋のモスクワっ子だ。しかしクドリャコフ氏は、特にスイス、そして日本との縁が深い。スイスでは定期的にコンサートを開き、日本にも何度も訪れ、著名な音楽家たちとも共演している。(セルゲイ・クドリャコフ氏のサイト:http://www.sergeykoudriakov.com/)

    世界の名高いコンクールで数々の賞を受賞するクドリャコフ氏は、ピアニストになることを運命付けられていた。子供の頃に住んでいたアパートに、子供のための音楽学校の教師が住んでいた。その教師とクドリャコフ氏の祖母が仲良しで、教師はクドリャコフ氏のピアノを聴き、学校で勉強するべきだと勧め、音楽学校の教授を紹介した。5歳の時のことだった。幼少の頃からピアニストになるための教育を受けてきたクドリャコフ氏だが、子供の頃はサッカーなどをして遊びたいと思ったこともあったという。しかし14ー15歳の頃から真剣にピアノに取り組むようになった。そしてモスクワ音楽院のピアノ科に入学し、巨匠ヴァスクレセンスキー教授のもとで学び、モスクワ音楽院で恩師のアシスタントとして働くと同時に、自分のクラスも持ち、生徒たちの指導にあたっている。ちなみにクドリャコフ氏は、日本人学生への指導経験も豊富だ。

    5月7日、クドリャコフ氏はモスクワ音楽院の小ホールでチャイコフスキーの交響曲第5番のピアノ編曲を演奏した。この日はチャイコフスキーの誕生日だった。クドリャコフ氏は、「このような記念すべき日に演奏できて幸せだ」と語った。もしかしたら、チャイコフスキー交響曲第5番ピアノ独奏版の全楽章が演奏されたのは、ロシアおよび世界で初めてかもしれない。「正直、コンサートの前は不安があった」という。なぜならオーケストラの演奏に慣れている人たちが、ピアノ版にどのような反応を示すのか分からなかったからだ。しかし「この作品を演奏したいという気持ちが、不安に勝った」。そして、約45分にわたる演奏が終わった後、会場からは熱い賞賛の拍手が送られた。拍手は長い間鳴り止まなかった。このうえなく幸福そうに、嬉しそうに、時に厳かに、そして神々しく演奏するクドリャコフ氏。そんなクドリャコフ氏には、理想とする音が聴こえており、その音を奏でることに全身全霊を捧げているように感じられる。「表現者とはなんと幸せなのだろうか」と思わせるピアニストだ。しかし、クドリャコフ氏は語る。

    ‐私はプロの音楽家です。これが私の仕事です。私にはピアノで伝えたいことがあります。ですが私が舞台に上がるとき、それはすでに結果となっています。私は舞台に上がる前に結果に達するように努力しています。私が舞台に上がったときに仕事が始まります。過酷な仕事です。私は仕事をしています。ただ、そのことは誰も知りません。それを知っているのは私だけです。もし私が喜びを感じ始めたり、楽しんだりし始めたら、私は観客とのコンタクトを失ってしまいます。観客とのコンタクトを失ってはなりません。観客の人たちに聴いてもらわなければなりません。彼らが耳を澄ませるようにしなければなりません。これは大変な仕事です。私はステージに上がる前に全てを表現します。そしてそれが結果として蓄えられます。私がステージに上がった時、それはすでにあり、それは流れ始めます。しかし私は、頭でも心でも冷静さを保つように努めます。ペダルのことなど、技術的なことを考えていることもあります。もし客席でざわめきが聞こえ始めたら、『何かが違う』と考えます。常に状況に注意を払っています。これは簡単なことではありません。音楽、観客、作曲家に敬意をもって接することが大切です。準備ができていないのにステージに上がってはなりません。そうでなければ、舞台の上で、その前に終えておくべき作業にエネルギーを注ぐことになり、観客とコンタクトをとることができなくなるかもしれないからです。

    セルゲイ・クドリャコフ「チャイコフスキー交響曲第5番ピアノ編曲」

    クドリャコフ氏は言う、「僕は音楽が好きなんだ」と。クドリャコフ氏は、「私は音楽家です。これが私の人生です。私は、言葉よりも音楽のほうが、自分が思っていることをたくさん語ることができるのです。ピアノと出会い、ピアノを弾いているので、ピアノを使っていますが、もし太鼓を演奏していたならば、その手段は太鼓になっていたことでしょう。私はピアノと出会ったので、ピアノで伝えています」と語る。さらにクドリャコフ氏は次のように話している。

    ‐私は国籍で人を判断しません。私にとって会場に座っている人は全てお客さんです。その人たちのために私は演奏します。もし私のコンサートの後で、訪れた人たちが、ほんの少しだけでも考えたり、また少しでも良い方向へ変化したらならば、とても嬉しいです。ほんの少しだけでも優しくなったり、さらに深く考えるようになったならば、私の演奏の目的は達成されたことになります。お客さんたちが20分間にわたって立ち上がって拍手をし、歓声をあげるのは、もちろん、とても嬉しいことですが、必ずしもそれが必要だというわけではありません。演奏の後、ある種の静けさがホールを包むことがあります。このような静けさのほうが、私にとっては価値があります。そしてもちろん、お客さんが、私のコンサートから帰る時に、『もう1回聴きたい』と思ってくれたら、本当に嬉しいです。

    クドリャコフ氏に妥協という言葉はない。自分に厳しい音楽家だ。しかし彼は、恩師、仲間、同僚、共演者などへの細やかな気配りと敬意を決して忘れない。だから世界に誇る伝統と、恵まれた環境がある一方で、音楽家にとっては非常に厳しい面を持つモスクワで、一流のピアニスト、音楽家として認められ、愛され続けているのだ。クドリャコフ氏は語る ‐私は日本で演奏するのが大好きです。日本の観客は素晴らしく、日本のホールや楽器も素晴らしい。日本では演奏家やアーティストの個性がとても尊重されています。特に外国人の演奏家が、もし技術的には100パーセントの完成度ではなかったとしても、もし彼の演奏、彼のフレーズが生き生きとしていたならば、日本の人たちはそれに気づき、理解し、それを評価します。これはとても素晴らしいことです。日本の観客はとても洗練されており、集中して音楽を聴いてくれます。私は日本が大好きです、と。

    繊細さ、大胆さ、そして根拠のある自信と誇りを持つロシアのピアニスト、セルゲイ・クドリャコフ。彼は自分のコンサートに訪れた人たちと、誠実に向き合う真の音楽家だ。

    セルゲイ・クドリャコフ
    © 写真: Mikio Shuto
    セルゲイ・クドリャコフ

    *この場をお借りして、取材にご協力いただきましたセルゲイ・クドリャコフ氏と関係者の皆様に、心より御礼申し上げます。

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