19:13 2021年08月02日
  • 福島県南相馬市・福島第一原発から約30キロのビーチを歩く鈴木康二さん(2020年3月4日)
  • 福島県南相馬市・福島第一原発から約30キロのビーチを歩く鈴木康二さん(2020年3月4日)
  • 福島県南相馬市・福島第一原発から約30キロのビーチでサーフィンをする鈴木康二さん(2020年3月4日)
  • 福島県南相馬市・福島第一原発から約30キロのビーチでサーフィンをする鈴木康二さん(2020年3月4日)
  • 福島県南相馬市・福島第一原発から約30キロのビーチでサーフィンをする鈴木康二さん(2020年3月4日)
  • 福島県南相馬市・福島第一原発から約30キロのビーチでサーフィンをする鈴木康二さん(2020年3月4日)
  • 福島県南相馬市・福島第一原発から約30キロのビーチでサーフィンをする鈴木康二さん(2020年3月4日)
  • 福島県南相馬市・福島第一原発から約30キロのビーチでサーフィンをする鈴木康二さん(2020年3月4日)
© AFP 2021 / Charly Triballeau
福島県南相馬市・福島第一原発から約30キロのビーチを歩く鈴木康二さん(2020年3月4日)

東日本大震災から9年目を迎えようとしていた2020年3月4日、福島第一原発から半径30キロ圏内にある福島県南相馬市のビーチには1人の男性の姿があった。同市在住の鈴木康二さん(当時64)は毎朝、雨が降ろうと晴れようと、ビーチに打ち寄せる波のコンディションをチェックする。

南相馬市のビーチは日本でも有数のサーフスポット。しかし2011年3月11日、巨大津波と原発事故の2つの大災害に見舞われることとなった。

鈴木さんの持ち家と経営するサーフショップは津波によって流され、さらにその後、震災の影響で両親も失った。手元に唯一残ったのは、逃げる際に使った車に積まれていたショートボード2本のみだった。

同年夏、鈴木さんは再びビーチを訪れた。「心が痛む景色だったが、海は前と同じようにそこにあった。今、自分が入らなければ、この海は永遠に死んでしまうと思った。」そう決心い、サーフィンを再開した。

この日以来、鈴木さんは元旦をのぞいて毎日ビーチを訪れているという。

 

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