17:35 2019年01月21日
山口恵都さん

「ロシアにいたい気持ちが強いです」 日本人アーティストのインタビュー

© 写真 : 山口恵都さん
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リュドミラ サーキャン
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ほぼ6年間、サンクトペテルブルグ絵画アカデミーのグラフィック学部で学び続けている日本人学生がいる。山口恵都さんだ。彼女はアカデミーのセミョーン・ミハイロフスキー学長の呼びかけに応じて、東北生活文化大学に通っていた仙台市からやってきた。ミハイロフスキー学長は2011年、震災と福島原発事故の発生を受けて、被災地域の学生を無償でアカデミーに受け入れる用意があることを日本の領事を通じて発表したのだ。

スプートニク日本

ミハイロフスキー学長はスプートニクのインタビューで次のように述べた。「この間、私たちは彼女を留学生だとは考えなくなりました。彼女は私たちの生活にとても馴染んでいるからです。山口さんはこれまでにすでにいくつかの個展を経験し、今は卒業制作に取り組んでいます。私は彼女のことを嬉しく思いますし、アカデミー内に民族、宗教、政治的主張による隔たりがないことを誇らしく思います。重要なのは学びたいという気持ちと才能です・・・」

2017年の春、モスクワのギャラリー「トリウンフ(勝利)」で山口さんのロシア初の個展「空虚と無の間」が開かれた。2018年夏には、山口さんの作品は展覧会プロジェクト「克服」と第6回モスクワ国際青年芸術ビエンナーレの出展作品に選ばれた。山口さんは現在、卒業論文の執筆で忙しいにもかかわらず、スプートニクの記者の質問に答えてくれた。

山口恵都さん
© 写真 : 山口恵都さん
山口恵都さん

スプートニク:ロシアに来てすぐの頃に最も辛かったことは何ですか。ロシア語の習得にどれくらいの時間がかかり、その中で最も役に立ったことを教えてください。

山口恵都: やはりロシア語の壁でしょうか。アカデミーの教育はシステマチックなので言葉での理解は不可欠です。美術留学なのに言葉でつまずいてしまったら本末転倒でしたので、必死になって勉強しました。ロシア語の件ですが、もうあまり覚えていないのですが、半年後くらいにはすでに自力で外国人課に書類関係の話などをつけにいったりしていました。やはりロシアの友人達とのコミュニケーションが一番の手助けとなりました。私はアカデミーで唯一の日本人でしたので、日常的に日本語を話すことから離れたのが大きかったのではないでしょうか。

スプートニク:あなたの専門はグラフィックですか?どうして芸術の中でもこれを選んだのか教えてください。

山口恵都: ロシアに来るまで実は油絵をやっていました。こちらに来てからも最初の3年は油画科で油絵を勉強し、それから版画学部へと変更しました。日本語でグラフィックというと、どうしてもコンピュータ・グラフィックやデザインを連想しがちなのですが、こちらではドローイング・版画・漫画・挿絵などの平面の絵画表現芸術全般を指します。そこには私の想像をはるかに超える歴史と伝統と理論体系があり、一気に興味を持ちました。そしてアカデミーで油画でなくグラフィックを学ぶという、一見矛盾しているようでカウンターパンチ的な選択が、天邪鬼な自分に刺激的な面白味を与えました。おそらく、アカデミーの伝統を重んじ継承する重要性と役割を理解しながらも、どこかで保守的すぎる教育方針に対する、ほんの少しばかりの抗議の意味もあったと思います。

山口さんの個展
© 写真 : サンクトペテルブルグ絵画アカデミー
山口さんの個展

スプートニク:ペテルブルグでの生活で楽しいことは何ですか?一番嫌なことは何ですか?

山口恵都: 様々な自由があるところです。学生ということもあり、守られている身なので当然ではありますが、こちらに来て多様な価値観に出会い、悩み、苦しみました。しかし、最終的には自分がどうしたいのかに尽きます。選択の自由があるのです。私の周りの友人たちはクリエイターが多く、様々な自由を謳歌しています。こちらに来て色々な自由の形を目の当たりにできたことは本当によかったと思います。しかし、当然、責任も付いてまわります。その自由と責任の塩梅で生活している日々は刺激的でとても愛しいものです。ロシアで大変なことは、そうですね、芸術家に仕事がないことと、書類関係の面倒さでしょうか。誰も何も確かな情報を知らないことが多いので、自分で調べて、聞いて、話し合って、折り合いをつけていくしかないのは大変です。

スプートニク:ロシア料理は好きですか?ペテルブルグで好きな場所はありますか?ペテルブルグとモスクワ以外の場所にも行ったことがありますか?ご両親はロシアに来ましたか?コーラスは続けていますか?

山口恵都: 最初は、ロシア料理は私の口に合わず、日本食ばかり食べていましたが、時間の経過と共に大好きになりました。今ではトヴォーラク、ボルシチ、グレーチカ、ウハー、黒パン大好き人間です。ペテルブルクでは蚤の市・ウヂェリナヤと古着屋巡りが趣味です。ロシアのストリートファッションシーンが気になります。ロシア国内ではビボルグ、プスコフ、ノヴゴロド、カルーガ、エカテリンブルク、クロンシタット、ウスチュグ、ソチ、クラスノヤルスク、カリニングラード、ハカシア共和国に行きました。両親をロシアに一度連れて来ました。数年前まではペテルブルクの女声合唱団で歌っていましたが、今は残念ながら歌っていません。いつでも準備はできているのですが。

山口さんの作品
© 写真 : サンクトペテルブルグ絵画アカデミー
山口さんの作品

スプートニク:日本に帰る計画は立てていますか?

山口恵都: 内側からしか知らなかった日本から出てきて、日本を外側から見ることができました。この状態から日本へ戻り、またさらに内側から見た時に何がどう見えるのか大変興味があります。自分の目で見て確かめたいので、いつかは日本に戻りたいと思っていますが、まだ当分はロシアに居たい気持ちが強いです。知らぬ間に未知の大国にこんなにも魅せられてしまったようです。

山口さんのグラフィック作品はロシアの音楽グループ「イェスチ・イェスチ・イェスチ」にも注目され、アルバムの表紙をデザインしてほしいと依頼された。作品ができあがったとき、アルバムは山口さんにちなんで「ケイトのための物語」と名付けられた。

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