
25日、在ロシア日本大使館とロシア歴史協会の共催で、ラウンドテーブル「日露関係の歴史における輝かしいページ」がモスクワで開催された。このイベントの特別ゲストとなったのは、島根県江津市和木町に住む小川斉子さんと、在ロシア米国商工会議所会頭のアレクシス・ロジャンコさんだ。今から114年前、日露戦争の最中だった1905年5月28日、ロシアのバルティック艦隊「イルティッシュ号」が江津市の和木真島沖で遭難し、地元住民が命がけで265人の乗組員を救助した。このとき救助活動にあたった人物の子孫が小川さん、救助されて生き残ったロシア人船員の子孫がロジャンコさんなのだ。二人は、歴史的な対面が果たせたことを喜び合った。

11月19日から12月1日まで、モスクワにおける日本映画祭(主催:国際交流基金、在ロシア日本国大使館、クールコネクションズ)が開催中だ。この映画祭は今年で53回目と歴史が長く、現代日本の姿を伝える最新の日本映画が鑑賞できるとあって、モスクワっ子の間で高い人気を誇っている。フェスティバル初日にはオープニングセレモニーが行なわれ、開幕映画「ダンスウィズミー」(矢口史靖監督、2019年)の企画・制作プロダクション「アルタミラピクチャーズ」社長でプロデューサーの桝井省志さんと、土本貴生さんが舞台挨拶を行なった。上映終了後に行なわれたQ&Aタイムでは行列ができ、「素晴らしい映画をありがとう」と感謝の声が寄せられた。

フィギュアスケートのグランプリシリーズ第6戦 NHK杯。取材に入ったスプートニクの記者が、ロシアから参加した選手たちの素顔に迫った。

今年3月、シベリアのサムライこと小林真秀(こばやし・まさひで)さんは、ロシアに新会社「Radical Labo Rus」を設立した。かつて商社のエリート営業マンだった小林さんは、自分で立ち上げたノボシビルスク支店を自分で閉鎖するというシベリアでの苦い経験をバネに、ロシアで再度ビジネスをしようと闘志に燃えている。一流企業を辞めてまで、なぜロシアでの「戦い」にこだわるのか?ロシアで成し遂げたい夢について、小林さんに話を聞いた。

11月8日、国際交流基金モスクワ日本文化センター、モスクワ映画、雑誌「映画芸術」が開催した映画特集にあわせてモスクワを訪問した河瀨直美監督は、スプートニクのインタビューに応じた。河瀨監督のロシア訪問は3回目。ロシアの衝撃的な思い出や、日露合作映画の可能性、来年公開の新作などについて話を聞いた。河瀨監督はインタビューの中で、伝統を重んじ、自然とともに生きる日本人とロシア人の精神性には、共通するものがあると指摘した。

10月23日、サンクトペテルブルクの公式観光案内所が「Visit Petersburg」という名称のもと、東京にオープンした。日本側パートナーはJATM(ジャパン・エア・トラベル・マーケティング)であり、同社はロシア方面の旅行に非常に豊富な経験がある。

「私は日本の小説をかなり読みましたが、この作品には意表を突かれました。いったい、この作品のどこに私は心を動かされたのか。主人公に対する憐れみか、それとも嫌悪感か……」江戸川乱歩の小説『人間椅子』についてロシアのとある女性読者がこのようなコメントを残した。1925年に発表されたこの小説を読めば、だれでも自分が愛用する椅子を前に背筋が凍る思いに襲われるはずだ。2019年の秋、国立舞台芸術大学(ギティス)の卒業生で結成されたロシアの劇団「KANEVSKIE」が『人間椅子』原作の幻想風ミュージカルで旗揚げ公演を行った。

かつてレフ・トルストイが大衆化した日本の物語に対する需要が現代ロシアで高まっている。そうした物語はたくさんあるが、すべてがそうなのではなく、ロシアで最も神秘的で傑出したアーティストの一人であるキリル・チョルシキンのイラストレーションが添えられたものが大人気となっている。これらの本はすでに希少本となっている。

17日、第39回「大分国際車いすマラソン」のハーフマラソン部門に出場したロシア人、アレクサンドル・スクリベリディンさん。19歳のアレクサンドルさんにとって人生初の車いすマラソンで自己ベストを記録して完走できたことは、大きな自信になった。アレクサンドルさんは、ロシアの福祉財団「Life in Motion」およびロシア三菱商事の支援を受けて同大会に出場。ロシアからかけつけた応援団や地元の人々の温かい声援を受けて、ゴールまで疾走した。

朝日新聞が最近発表したアンケート結果で、かなり多くの日本人が自分でも抑えられない怒りを覚えたり、他人から怒りをぶつけられた経験をしている実態が明るみになった。無作為抽出された1500人のうち、29%が原因不明の怒りを覚え、39%が他人から感情をぶつけられた経験があると答えた。また回答者の76%は怒りを経験したり、ぶつけられたりするケースが最近増えたと答えている。

スタニスラワ・コンスタンチノワ選手はSNSで、ロシア選手の中で「最も謎めいた」選手と言われている。美しい選手だが、目がくらむような成功を常に誇っているわけではない。それでも勇敢にあらゆる失敗に耐え、絶えまない研鑽を重ねている。しかし彼女について知られていることは少ないのではないか。スプートニク通信特派員はコンスタンチノワ選手にインタビューし、彼女には日本的なものが多いことが分かった。

グランプリシリーズ(GPS)ロシア大会におけるエフゲニア・メドベージェワ選手のショートおよびフリーの活躍は、他のロシア選手のニュースさえも霞ませてしまった。スプートニク通信特派員とのインタビューの中で、メドベージェワ選手は着物衣装の製作、日本ファンへの温かい気持ち、また「罪悪感」を抱かせる日本料理について語った。

グランプリシリーズ(GPS)モスクワ大会女子シングルで銅メダルを獲得したマライア・ベル選手(米国)がスプートニク通信のインタビューに応え、今大会に向けた準備、ネイサン・チェン選手の他トップ選手を指導するアルトゥニアンコーチとの関係、そしてもちろん、日本について語ってくれた。

16日、フィギュアスケートGPシリーズ2019・ロシア大会-ロステレコム杯がモスクワで開催され、ファンたちがロシアの選手たちをはじめ好きな選手たちに熱い声援を送った。宮原知子選手や白岩優奈選手、横井ゆは菜選手といった日本選手の人気も高い。横井選手のショートプログラムでは、取材に訪れたジャーナリストらは、彼女の演技の要素ではなく、彼女のコーチが演技前に横井選手の頬を引っ張り、おでこを軽く叩いたことにびっくりさせらた。記者たちは、「あれは一体なに?日本のおまじない?」とプレスセンターで驚きの声を上げた。

ロシアの19歳の若者が、日本で人生初の車いすマラソンに挑戦する。アレクサンドル・スクリベリディンさんは、先天的に両足の運動機能がなく、ロシアのオリョール州にある全寮制の孤児院で育った。アレクサンドルさんはロシアの福祉財団「Life in Motion」およびロシア三菱商事の支援を受け、17日に行われる第39回「大分国際車いすマラソン」のハーフマラソン部門に出場する。日本への出発が目前に迫った13日、モスクワでアレクサンドルさんの壮行会が行なわれ、日露の応援団がエールを送った。

河瀨直美監督の映画特集が11月2日から8日までモスクワで行われ、2007 年にカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した「殯の森」や、樹木希林さんの名演で話題になった「あん」など、代表作が市内の映画館で日替わり上映された。イベントは国際交流基金モスクワ日本文化センター、モスクワ映画、雑誌「映画芸術」の共催で行なわれた。河瀨監督本人もイベントに合わせてモスクワを訪問し、最終日にはロシアの映画ファンとの対話を行なった。河瀨監督は会場からひっきりなしに飛ぶ質問に驚き、「ロシアで映画がこんなに浸透しているなんて。希望がもてたモスクワ滞在でした」と笑顔を見せた。

10月18日、モスクワで開催の国際ファッションウィーク「メルセデスベンツ・コレクション」のエデュケーショナルプログラム「FUTURUM EDUCATION」のレクチャートークに、東京・原宿のロシア服飾ブランドショップ「BUNKER TOKYO」のオーナー兼リバーヘッド・ショールーム代表取締役の森一馬氏が参加した。森氏は、スプートニクの取材に対し、レーニンの写真をプリントしたアイテムが日本の顧客にどう作用するのか、なぜ日本にロシアのファッションを持ち込むことにしたのか、その理由を語った。

ロシア南部の都市サラトフにあるオペラ・バレエアカデミー劇場のバレリーナ、砂原伽音(すなはら・かのん)さん。砂原さんは14歳で、ボリショイバレエ団付属のバレエ学校として知られている「モスクワ国立舞踊アカデミー」に留学し、ロシアでバレリーナとしてのキャリアを積み上げてきた。現地で結婚し、昨年6月に娘のエカテリーナちゃんを出産。スプートニクは、舞台に復帰した砂原さんの現在の生活に密着した。

11月3日、東京の日比谷ステップ広場で 日本キネマ界の伝説的存在、ゴジラの誕生65周年を祝うイベントが盛大に行われた。門外漢にはゴジラはただのエンタメキャラクターかもしれないが、真の価値がわかる人にとっては、ゴジラは我々の時代をシンボライズする重要な存在だ。スプートニク日本の特派員は「ゴジラフェス2019」の取材でファンの方々にお話を伺い、なぜこの怪獣が今もなお、こんなに熱く、世界中で愛され続けているのか、その秘密を追った。

7月、ロシア初の日系美容室「kirameki Moscow」がモスクワの中心部にオープンした。ここでは、店長の宮里俊介さんとアートディレクターの清瀬達也さん、二人の日本人スタイリストが働いている。日本でのキャリアを脇に置き、新天地の開拓に挑む二人は、ロシアに来てから様々な予想外の事態に見舞われた。この4か月、ロシアで働くモチベーションはどう変化したか、二人の本音に迫った。