07:06 2019年11月16日
オノ・ヨーコがモスクワに「晴れた空」を持ってきた

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「空はいつも晴れ」。これは、モスクワで開催された日系アメリカ人アーティストでジョン・レノンの未亡人であるオノ・ヨーコの個展の名前である。この個展の特徴は、観客に対して、受動的な思考ではなく、積極的な参加や、アート・オブジェクトとの相互作用までもを呼びかけていることだ。多くの人がオノ・ヨーコという名前をジョン・レノンと結びつけて捉えており、彼女がコンセプチュアリズムとアヴァンギャルドの精神で音楽と視覚芸術とアートパフォーマンスを組み合わせたプロジェクトを数多く生み出してきたことを知らないか、忘れがちだ。

彼女はまた、国際的な市民運動の分野でも最も非凡な人物の一人だと考えられている。オノ・ヨーコは86歳になった今も新しいプロジェクトを生み出し続けており、もちろん、ジョン・レノンを追悼することも忘れない。12月8日で、彼の死から39年になる。

彼女の作品の目的は、世界の全体像を復元することであり、分断された断片を仲直りさせ、くっつけることである。来場者は断片を集めて食器を復元したり、無地のキャンバスに釘を打ち込んだり、脚立に登って虫眼鏡でじっくり天井を見るよう求められる。これらの行動をすることで、日常生活の美しさに気付くことができるとオノ・ヨーコは考えているのだ。1966年の秋にロンドンでジョン・レノンと出会うことになったきっかけも、このアート・オブジェクトだったと言われている。ギャラリーIndicaで行われていた彼女の個展を覗いたジョン・レノンは、虫眼鏡を通して見た天井に「YES」という言葉を見つけた。これが彼の運命を変えた。後に彼はこのことを次のように回想している。もしあそこに「NO」と書いてあったなら、特に考えることもなく帰っていただろうと。

オスロの近代美術館の館長であり、モスクワの個展のキュレーターでもあるGunnar B. Kvaran氏は、オノ・ヨーコとジョン・レノンは、正反対のものが相交わり、戦うことを示す生きた手本だったと述べた。

「パラドックスなのは、オノ・ヨーコが音楽教育を受け、ジョン・レノンが美術教育を受けていたということです。彼はリバプール芸術大学を卒業しています。ですから、彼らは同じアーティストとして、すぐに共通言語を見つけました。二人とも反戦運動に参加していましたし、どちらも大衆に衝撃を与えることが好きで、どちらもアイデアの泉でした。そして、彼らは、パフォーマンスからクリップに至るまで、いくつもの共同プロジェクトを制作しました。最も有名な『イマジン』は、今も重要性と人気を失っていません。」

Gunnar B. Kvaran氏はまた、オノ・ヨーコの独立性と反骨精神は二人のロシア人アーティスト、ワルワーラ・ブブノワアンナ・ブブノワの姉妹によって築かれた部分もあるのだと語った。この二人は当時、日本に住んでいた。アンナはオノ・ヨーコの父親の兄弟と結婚しており、彼女の叔母にあたる存在だったため、頻繁に話をしていたという。アンナはヨーコに音楽を、ヴァルヴァラは絵画を教えた。

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「当然、ブブノフ姉妹は彼女の人格形成に大きな影響を与えました。二人は非常に行動力があり、抑えきれないエネルギーを持った人たちでした。革命時代のロシアからやって来た彼女たちは、改革主義のエネルギーを内に備えていました。そして、彼女たちは日本にモダニズムをもたらしました。それは音楽にも、文学にも、視覚芸術にも当てはまります。ヨーコは、まさに彼女たちから、アートは世界を変えるという考え方を学んだのです。ヨーコはいつもロシアとのつながりを感じていました。私が今年のモスクワでの個展開催を彼女に持ちかけたとき、彼女はとても熱心に応じてくれました。ただ、健康状態が原因で、今回、来ることはかないませんでした。」

オノ・ヨーコの個展はモスクワ近代美術館で11月24日まで開催されている。前回の個展からかなりの時間が経っているため、主催者はかなりの数の来場者を見込んでいる。前回の個展が行われたのは2007年夏。そのときオノ・ヨーコは、モスクワの北300キロメートルにある古い村、ベルノヴォ村を訪れている。ブブノワ姉妹が祖父の邸宅で子ども時代を過ごした場所である。当時、オノ・ヨーコはジャーナリストに対して「長い長い旅から自宅に帰ってきたような感じがする」と語っていた。

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