16:18 2020年10月22日
文化
短縮 URL
131
でフォローする

地球上には、当時の技術的な可能性を超えて古代に建設されたと思える建造物がいくつもある。そのような建造物はあまりに規模が大きく壮大なため、私たちの想像力を大いにかきたてている。

スプートニク日本

こんな仮説がある。「エジプトのピラミッドやナスカの地上絵、その他の驚くべき建造物の数々は、人間の手になるものではなく、地球外文明の産物である」というものだ。しかしそのような仮説を裏付ける証拠は一切ない。人類による最も卓越した建築学上その他の成果の達成を、超自然的な理由で説明しようとする試みは、どのようにして先史時代の諸文明がかくも記念碑的な建造物を地球上に建設することができたのかを知る妨げになってしまうかもしれない。

1. サクサイワマン

ペルーのアンデス山脈にあるインカ帝国のかつての首都、クスコの郊外に、城塞とも考えられているサクサイワマン遺跡がある。サクサイワマンの建設は15世紀に始まり、およそ50年の歳月をかけて完成したとされ、古代エジプトのピラミッドや中国の万里の長城に匹敵するものと言われている。調査によると、サクサイワマンの建設にはおよそ7万人の人々が従事した。インカ文明においては車輪が使われていなかったため、作業は全て人力で行われた。作業は実に困難であった。というのは、建設には重さが合計で350トンにも及ぶ数多くの巨石が使用されたからである。また、巨石を互いに隙間なく組み合わせるということが作業をさらに困難なものにしたと考えられる。このことから、インカの人々を宇宙人の建築家が手伝った、という伝説すら生まれた。しかし最近、縄を用いた梃子の装置の形跡が発見された。これはインカの人々が採石場からあちこちの都市に石を運搬するために利用していたものと推測されている。すべてのことから判断すると、インカの人々を助けたのは彼ら自身の力と発明の才であって、地球の外からやって来た建築家ではないと言える。

2. ナスカの地上絵

ナスカの地上絵
© Sputnik / Maria Vashuk
ナスカの地上絵

ナスカの高原に描かれた地上絵は、ペルーで最も謎めいた観光名所の一つである。三角形や螺旋形、直線、星座といった巨大な幾何学模様や、サル、クモ、花、宇宙飛行士、そして翼を広げた長さが2百メートルを超えるハチドリの形をした図形は、紀元後1世紀から5世紀の間に描かれたとされている。地面に引かれた深い線で描かれた地上絵の起源、及びその描かれた目的については、長年の研究にも関わらず定説はまだ存在しない。ナスカの地上絵が初めて確認されたのは1939年、当地の上空を飛行していた米国人考古学者、ポール・コソック博士によってであった。博士は複数の地上絵が月の満ち欠けを記録し、いくつかの星座を指し示していることを発見した。このような線描を地上から把握するのは不可能であった。現在でも、空からでないと地上絵を見分けることは難しい。砂漠に広がるナスカの地上絵は、世界で最も大きな、屋外に描かれた星座の暦だとも考えられている。ナスカの高原全体では、およそ30を数える絵や、台形、三角形、螺旋形といった788の様々な幾何学模様、そして何千もの直線や帯が確認できる。1994年には、ナスカの地上絵はユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の世界遺産リストに登録された。

3. 古代エジプトのピラミッド

古代エジプトのピラミッド
© Sputnik / Michael Klimentyev
古代エジプトのピラミッド

カイロからほど近い砂漠に、非常に有名な古代エジプトのピラミッド群がそびえている。ギザにある4500年以上も前に築かれたピラミッド群は、古代エジプトの王、ファラオが埋葬されている壮大な霊廟である。現代の建築技術をもってしても、クフ王のものほどの巨大なピラミッドを建設するのはたやすいことではないだろう。そしてまさにこのクフ王のピラミッドが、古代における「世界の七不思議」の中で唯一現存する建造物である。どのようにして古代エジプト人が短期間にこれほど大きな建造物を築くことができたのか、今までに数多くの推測が立てられている。

4. ストーンヘンジ

ストーンヘンジ
© AP Photo / Alastair Grant
ストーンヘンジ

イングランド・ウィルトシャーにある観光客に人気の場所といえば、奇妙な石造りの建物--あの有名なストーンヘンジのことである。巨大な石が円形に並び、その一部の上には横石が載せられている。円形の内側にも、小さな円を描くいくつかの組石がある。ストーンヘンジは1986年に世界遺産に登録されたが、現在に至るまでその起源については数多くの疑問と論争を呼び起こしている。ストーンヘンジがいつ出現したのか、正確な時期は分からない。というのは推測される時期が紀元前3020年から2910年と幅広いからである。一つ分かっていることは、建設には何百年という時間がかかり、当時の大勢の人々が携わったということである。ストーンヘンジに使われている石は、その地質学上の起源だけでなく、大きさも非常に多岐にわたる。長さは最大7.5メートル、重さは50トンを超すものもある。まさにこのことが理由で、ストーンヘンジは人の手になるものではないのではないか、と疑う人もいる。多くの研究者がストーンヘンジの目的について議論を戦わせているが、最も広く唱えられている説によると、この建造物は死者と太陽を祭る宗教施設であったらしい。

5. テオティワカン

テオティワカン
© Sputnik / Yury Nikolayev
テオティワカン

「幻の都市」とも呼ばれるテオティワカン遺跡はメキシコシティの北東40キロに位置する古代都市である。建設されたのはおよそ2千年前と考えられており、その名は文字通りにはアステカ人の言葉で「神々が大地に触れる場所」を意味する。現在のテオティワカンは、巨大な考古学遺跡であり、その最も有名な建造物としては「太陽のピラミッド」と「月のピラミッド」が挙げられる。テオティワカンの古い歴史や規模、複雑さを考えると、超自然的な力の介入なしにはその建設は実現できなかったのではないかという考えにとらわれるかもしれないが、この古代都市は勤勉な人々の労働の産物である。

6. イースター島

イースター島
© Fotolia / Vladimir Krupenkin
イースター島

イースター島は、太平洋の真っ只中に浮かぶ、チリ領の小さな無人島である。この島は人面を模した独特の石造彫刻である「モアイ」で世界中に知られている。研究者たちは何世紀にもわたって、この多数の巨石像の起源と、かつてこの島に存在していた古代からの文明が滅亡した原因の解明を試みてきた。滅亡の原因として今日最も広く支持されている説の一つは環境破壊である。もし仮にモアイを築いたのが宇宙人だったとすれば、なぜ彼らは島民を絶滅から救うことをしなかったのかという疑問が生じる。

7.「火星の人面岩」

「火星の人面岩」
© CC0
「火星の人面岩」

1976年、火星探査機バイキング1号によって、火星表面に人間の顔の形をした奇妙な丘陵が発見された。研究者らはこの「顔」を光と影による偶然の産物と説明したが、その後何十年にもわたってこの「顔」は、「宇宙人が太陽系を訪問した」と主張するUFO研究者たちのお気に入りの論拠となった。しかし、2001年にNASAの探査機マーズ・グローバル・サーベイヤーがより解像度の高いカメラを用いて写真を撮影した結果、「顔」はやはり自然物であることが判明した。

ありそうもない仮説を作り上げ、それを使って古代の謎を解いてみたい、という人間の欲求が失われることは何があっても決してない、というのは結局仕方のないことではあるが。

関連記事

遠い宇宙からの謎の電波を新たに15件観測

地球上の7つの不思議な場所:鳥が落下し、石が移動し、リアリティある幽霊が現れる【写真・動画】

タグ
旅行, 発見, 文化, 歴史, 宇宙
コメント・ガイドディスカッション
スプートニク経由でコメントFacebook経由でコメント
  • コメント